「やりたいことが分からない」
この言葉を、これまで何度聞いてきただろうか。
若い人だけの悩みではない。
むしろ、ある程度経験を積んだ人ほど、
この言葉を口にすることが多い。
やるべきことは分かっている。
求められている役割も理解している。
それでも、
「本当は何がしたいのか分からない」
俺はこの状態を、
意志が弱いとも、感性が鈍いとも思っていない。
やりたいことが分からないのは、
異常ではなく、むしろ自然な状態だ。
結論を一言で言う
「やりたいこと」が分からない理由は、
自分の内側を見すぎているからだ。
多くの人は、
答えは自分の中にあると思い込んでいる。
でも実際には、
やりたいことは
環境との関係の中でしか見えてこない。
「内省すれば見つかる」という誤解
世の中には、
こんなアドバイスが溢れている。
- 自分と向き合おう
- 本音を掘り下げよう
- 内側に答えがある
確かに、内省は大切だ。
でも、内省だけで
「やりたいこと」が見つかるケースは、
実はそれほど多くない。
なぜなら、
人の興味や欲求は、
外部刺激によって反応するものだからだ。
何も起きていない状態で、
「何がしたい?」と聞かれても、
答えが出ないのは当然だ。
やりたいことが分からない人ほど、真面目
ここで一つ、
はっきり言っておきたい。
やりたいことが分からない人は、
決して怠け者ではない。
むしろ、
- 失敗したくない
- 間違った選択をしたくない
- 納得して動きたい
そう考える、
とても真面目な人だ。
第5週で書いた
「選択肢が多いほど、人は動けなくなる」
という話ともつながるが、
選択肢が多い状態では、
「やりたいこと」も霧の中に隠れてしまう。

俺の体験:「分からなかった」から動いた
正直に言うと、
俺も長い間、
「やりたいことが分からない」状態にいた。
やるべきことはやっている。
成果もそれなりに出ている。
それでも、どこか満たされない。
以前の俺は、
答えを考えることで見つけようとしていた。
でもあるとき、
考えるのをやめて、
環境を変えることを選んだ。
旅に出た。
場所が変わり、
人が変わり、
時間の流れが変わった。
すると不思議なことに、
「やりたいこと」は
考えた末に出てきたのではなく、
反応として浮かび上がってきた。
この感覚は、
「人生が停滞したとき、環境を変えるという選択」
でも書いた通りだ。

やりたいことは「探す」ものじゃない
ここで、
一つ言葉を整理しておきたい。
やりたいことは、
探しに行くものではない。
反応として、後から分かるものだ。
- 心が少し動いた
- 時間を忘れた
- また触れたいと思った
こうした小さな反応を、
無視せず拾い上げていく。
その積み重ねが、
「やりたいこと」と呼ばれる形になる。
この前提は、
「旅は贅沢ではなく、人生のメンテナンスだ」
という補助記事でも整理している。

やりたいことが分からないときの実践的な一歩
もし今、
やりたいことが分からず止まっているなら、
おすすめの一歩がある。
それは、
答えを出そうとしないことだ。
代わりに、
- 環境を少し変える
- 普段と違う場所に身を置く
- 情報から距離を取る
そうすると、
判断基準が外側から刺激され、
反応が戻ってくる。
「やりたいこと」は、
考え抜いた先にあるのではなく、
動いた後に見えてくる。
次につながる問い
もし今、
「やりたいことが分からない」と感じているなら、
自分にこう問いかけてみてほしい。
「俺は最近、
心が反応する環境に身を置いただろうか。」
次は、
「行動できないのは、意志が弱いからじゃない」
というテーマで、
行動と意志の誤解を、さらに解きほぐしていく。

